切り替え手続きの全体スケジュール
現産業医との契約解除時の注意点
新産業医選任〜労基署への届出(必要書類・提出期限)
産業医意見書・健診データなど引き継ぎが必要な情報
スムーズに進めるための事前準備リスト
担当者間の役割分担を決めておく
よくある質問
まとめ
はじめに
産業医の切り替えを決めたら、次に気になるのは「具体的に何をいつまでにやればいいのか」という実務面です。契約の解除、新しい産業医の選任、労基署への届出、健診データや意見書の引き継ぎと、確認すべき事項は一つや二つではありません。
特に2026年8月に施行されたばかりの届出ルールは見落としやすいところです。切り替え手続きの全体スケジュールから必要書類、引き継ぎのポイントまで、手順に沿って整理します。
切り替え手続きの全体スケジュール
切り替えは、おおよそ次のようなスケジュールで進めるとスムーズです。あくまで目安のため、契約書の解約予告期間や候補先の対応状況によって前後することがあります。
時期の目安 | やること |
1週目 | 契約書の解約条項の確認、現産業医への解約通知 |
1〜4週目 | 新しい産業医の比較検討・選定 |
4〜5週目 | 新産業医との契約締結 |
5〜6週目 | 引き継ぎ資料の準備・共有 |
6週目以降 | 労働基準監督署への届出(選任後すみやかに)、社内周知・運用開始 |
全体で1.5〜2か月程度を見込んでおくと、余裕を持って進められます。ただし、表のうえでは解約通知が先行しますが、解約の「効力発生日」は必ず新産業医の着任日以降に設定してください。効力発生日が先に来ると産業医不在の空白期間が生じ、労働安全衛生法第13条第1項に違反するおそれがあります。ストレスチェックの実施時期や健康診断の繁忙期と重ならないよう、着手のタイミングも合わせて検討しましょう。また、契約書に定められた解約予告期間が3か月前通知など長めに設定されている場合は、上記のスケジュールをさらに前倒しする必要があります。契約書の確認は、切り替えプロジェクトの一番最初に行うべきタスクと言えるでしょう。
現産業医との契約解除時の注意点
契約書に解約予告期間(1〜3か月前通知など)が定められているケースが一般的です。まずは契約書を確認し、期間内に書面で解約の意思を伝えましょう。口頭のみのやり取りだと「言った・言わない」のトラブルにつながりやすいため、記録が残る形で通知することをおすすめします。なお、契約書が「書面による通知」を求めている場合はメールでは要件を満たさないことがあるため、通知方法についても契約書の定めを確認しておきましょう。
契約解除が難航する場合は、一時的に新旧2名体制を取ることも可能ですが、現産業医への配慮を欠かさないよう丁寧なコミュニケーションを心がけます。特に長年契約している産業医の場合、感情的な行き違いが生じやすいため、現産業医本人に解約理由を詳細に説明する義務はないものの、契約更新のタイミングでの見直しである旨を伝えるなど、円満な進め方を意識しましょう。なお、辞任・解任があった場合は、その旨と理由を遅滞なく衛生委員会等に報告する義務があります(労働安全衛生規則第13条第4項)。
また、契約書に「契約終了後の情報提供義務」や「秘密保持に関する条項」が定められている場合があります。引き継ぎに必要な資料の提供を求める際は、こうした条項の内容も確認したうえで依頼すると、後々のトラブルを避けやすくなります。解約通知と同じタイミングで、必要な引き継ぎ資料のリストも合わせて伝えておくと、やり取りの往復を減らせます。
解約通知の文面には、解約希望日、最終対応日(最後の面談・訪問の予定)、引き継ぎ資料の提供依頼を明記しておくと、双方の認識のズレを防げます。口頭でのやり取りだけで進めてしまうと、「言った・言わない」のトラブルにつながりやすいため、要点は必ず書面(メール等)で残すようにしましょう。
新産業医選任〜労基署への届出(必要書類・提出期限)
産業医の選任義務が生じてから14日以内に選任し、遅滞なく所轄の労働基準監督署に選任報告を提出します。届出には、医師免許証の写しと、産業医の要件を満たすことを証明する書類(日本医師会認定産業医の認定証、労働衛生コンサルタント登録証など)の写しの添付が必要です。なお選任報告は2025年1月からe-Govによる電子申請が原則として義務化されており、当分の間は書面での提出も認められています。書面による場合は、廃止前の様式第3号を用いることが可能です。電子申請は「e-Gov電子申請」のほか、厚生労働省の「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」からも行えます。[1]
あわせて、2026年8月1日に施行された新しいルール(労働安全衛生規則第13条第5項)により、産業医の辞任・解任・退任があった場合は、その氏名と辞任等の年月日等を所轄の労働基準監督署に遅滞なく報告することが義務化されました(対象は常時50人以上の労働者を使用する事業場)。契約期間の満了にともなう終了も対象になり得ます。後任がすでに決まっている場合は、新産業医の選任報告に際して前任者の辞任等をあわせて報告すれば、別途の報告は不要です。一方、後任が決まる前に前任が離任する場合は、単独での報告が必要になります。なお、労働者数が50人未満になったことにより産業医の選任義務がなくなった場合の辞任等については報告は義務づけられていませんが、労働基準監督署が選任状況を適切に把握する観点から、報告することが望ましいとされています。[2・3]
なお「常時50人以上」は企業全体ではなく、事業場(工場・支店・店舗など)ごとにカウントする点にも注意が必要です。複数拠点がある企業は、拠点ごとの人数を確認したうえで届出の要否を判断しましょう。人数のカウントには、正社員だけでなく契約社員やパート・アルバイトなど、常時使用している労働者が含まれます。派遣労働者については、派遣先の事業場でも人数に含めてカウントします。対象人数に迷う場合は所轄の労働基準監督署に事前に確認しておくと確実です。
産業医意見書・健診データなど引き継ぎが必要な情報
直近の健康診断結果、就業判定に関する意見書:就業制限や配慮事項がある従業員については、経緯も含めて共有しておくと新産業医の判断がスムーズになります。
面接指導(長時間労働者、高ストレス者等)の記録:過去の指導内容や本人の状況の推移がわかる記録は、継続的なフォローに欠かせません。
ストレスチェックの集団分析結果:職場ごとの傾向を新産業医が把握できるよう、複数年分のデータがあれば併せて共有しましょう。一方、ストレスチェックの個人結果は、本人の同意がない限り事業者が取得することはできず、同意のない結果は実施者・実施事務従事者が保管しています。人事担当者が旧産業医から個人結果を受け取り、新産業医に渡すという運用は行えません。同意を得て会社が保有している結果のみを引き継ぎ対象とし、それ以外は実施者間で引き継ぐ、または改めて本人の同意を得る形で対応してください。
過去の職場巡視記録、衛生委員会への報告資料:職場環境の改善状況を継続的に把握するための基礎資料になります。
休復職対応中の従業員がいる場合は、その経過記録:対応が途切れると本人の職場復帰に支障が出かねないため、優先的に引き継ぎましょう。
これらは従業員の機微な健康情報を含むため、引き継ぎの範囲や方法について、新旧の産業医・人事担当者の間で事前にすり合わせておくことが重要です。本人への説明や同意取得が必要かどうかも、個人情報の取り扱いに関する社内規程とあわせて確認しておきましょう。
スムーズに進めるための事前準備リスト
現契約書の解約条項・予告期間の確認:違約金の有無もあわせてチェックしておきます。
引き継ぎが必要な書類・データの洗い出し:保管場所や形式(紙・電子)もあわせて整理しておくと、引き継ぎ当日の作業がスムーズです。
新産業医の比較検討先のリストアップ:対応スピード・費用・専門性など、比較軸を統一したシートを用意しておきましょう。
労基署への届出スケジュールの確認:選任報告と辞任等の報告をまとめて行えるよう、タイミングを調整します。
従業員・管理職への周知タイミングの決定:切り替えの1〜2週間前を目安に、変更の目的とあわせて案内しましょう(産業医の業務内容・健康相談の申出方法・健康情報の取扱い方法は、労働者への周知が法令上の義務です)。
担当者間の役割分担を決めておく
切り替え手続きは、人事担当者だけで完結するものではありません。契約書の確認は法務・総務、届出書類の準備は人事、引き継ぎ資料の取りまとめは産業保健スタッフや衛生管理者など、複数の関係者が関わることが一般的です。着手前に「誰が・何を・いつまでに」担当するかを一覧化しておくと、途中で作業が滞る事態を防ぎやすくなります。
特に事業所が複数ある企業では、拠点ごとに労基署への届出先が異なる場合があります。本社で一括して手続きを進めるのか、拠点ごとに担当者を置くのかを、着手前に決めておくとよいでしょう。
よくある質問
産業医選任報告書は電子申請できますか?
2025年1月から、産業医の選任報告はe-Govによる電子申請が原則として義務化されています。ただし当分の間は書面での提出も可能とされており、その場合は廃止前の様式第3号を用いることができます。電子申請は「e-Gov電子申請」のほか、厚生労働省の「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」からも行えます。[1]
辞任・解任・退任の報告と選任報告は、必ず別々に提出する必要がありますか?
新産業医の選任報告に際して、前任者の氏名や辞任等の年月日をあわせて報告すれば、辞任・解任・退任の報告を別途行う必要はありません。手続きを一本化できるため、実務上はこの方法が推奨されます。ただし、後任が決まる前に前任が離任する場合は、辞任等の報告を単独で提出する必要があります。[2・3]
届出を怠った場合、どのようなリスクがありますか?
産業医の選任報告を怠った場合は、労働安全衛生法第120条により50万円以下の罰金の対象となります。2026年8月に新設された辞任等の報告も労働安全衛生規則第13条第5項に基づく義務であり、確実に対応が必要です。また、労基署の調査などで未届出が発覚すると、是正指導を受けるだけでなく、社内の労務管理体制そのものへの信頼にも影響しかねません。切り替えのスケジュールには、必ず届出のタスクを組み込んでおきましょう。
まとめ
産業医の切り替えは、契約解除・新産業医の選任・労基署への届出・データの引き継ぎという4つの実務を、1.5〜2か月程度のスケジュールで計画的に進めることがポイントです。関係者が多い手続きだからこそ、役割分担と進捗管理の仕組みを最初に整えておくことが、抜け漏れのないスムーズな切り替えにつながります。2026年8月施行の新しい届出ルールも踏まえ、チェックリストを用意して臨みましょう。[2]
出典・参考情報
[1]主要様式ダウンロードコーナー(安全衛生関係主要様式)|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei36/index.html
[2]労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス|厚生労働省 https://www.chohyo-shien.mhlw.go.jp/
[3]労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行について(令和8年4月28日付 基発0428第4号)|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/001700019.pdf
[4]リーフレット「産業医による労働者の健康管理等を徹底しましょう」(2026年4月)|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署 https://www.mhlw.go.jp/content/001480782.pdf
[5]労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)第13条|e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032


